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2020.2.16「主にとどまり、みことばにとどまる」(ヨハネ15:1-10)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
いよいよ、明日は教会総会です。今年度の教会目標は「主にとどまり、みことばにとどまる群」を掲げました。
今回の説教は、その標語聖句となるみことばから語っております。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』15章1-10節



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2020.2.9「光を、もっと光を」(ルカ11:29-36)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
最近、また説教が長すぎる。アーンド厳しすぎる。という極上の言葉、ちがった、ご苦情のおことばをいただきました。妻から。
とはいえ、いまに始まったことではなく、神学生の頃から言われてたんですけどね。
20年前、神学校の説教演習のときに教官からいただいた、こんなメモは今も引き出しにとってあります。
「容赦ない叱責は預言者的。相手の事情に理解を示すと牧会者的になるが・・・・」これってほめことば?わからん

 その頃の私のささやかな趣味は、神学校の近所にあったブックオフ千葉白井店でのマンガ漁りでした。
私にとって第二の注解書である名作、『人間交差点』14巻に、「一枚の絵」というエピソードがあります。
大劇団の主宰・朝川は、金と権力に汚れた男だ。彼は外国ものの人気作品や、小劇団があてた演目を金の力で横取りし、自分のライバルとなりそうな劇団をことごとくつぶして今の地位にのしあがった。今度も小劇団が上演して人気を呼んでいる芝居の上演権を、姑息な手段で手に入れようとしている。だが、その小劇団の主宰は、学生時代、演劇部で同期だった男だった(Amazonの解説文より)

人間交差点14_p21.png かつての恋人を死に追いやったことを認めず、うそぶいていた朝川
人間交差点14_p27.png 同期との出会いをきっかけに、良心の呵責に揺れ始める
人間交差点14_p29.png 「自分が真剣に人を愛していたことを思い出せ。そうすれば・・・・」
コピーライトマーク小学館・矢島正雄・弘兼憲史

もし説教の中で私が苛立っているように見えるとしたら、それは「教会を守る」という建前で羊の足を折る人々の姿を聞いているからです。
「教会を守る」という言葉が意味を持つのは、大牧者からゆだねられた「すべての羊」を守る時だけです。
しかし牧師が、ゆだねられた羊たちを自分の目線で羊と山羊に分別する。
自分に従順な者だけを羊とし、過ちに対して諌言してくれる者たちを逆に山羊とみなす。

 献身の思いに燃えていた者たちも、いつのまにか道を見失うこともあります。
そのとき必要なのは、「どこから落ちたかを思い出す」(黙2:5)ことではないでしょうか。
羊たちはみことばによって養われます。それは正しい釈義説教ということだけではありません。
語る者自身が、みことばによって砕かれているか。砕かれて、初めに戻るという恵みを分かち合えるかどうか。
福音は「安心して絶望できる世界」(向谷地生良)をもたらします。絶望の谷底の、さらにその下にイエスがおられます。
砕かれた自分を飾ることなく、そのままの姿で講壇に上がるならば、イエス様の説教に近づけるのでしょう。
私にはまだまだ遠い道であるかもしれません。
しかし教会に行けない方が、この拙い説教録画を通して励まされているという知らせもいただきました。
罪だけではなく愛もまんべんなく語った、大牧者の説教に近づきたいと心から願います。週報はこちらです。


聖書箇所 『ルカの福音書』11章29-36節



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posted by 近 at 21:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.2.2「霊の戦いに中立はない」(ルカ11:14-28)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
新型肺炎のニュースが連日報道されています。中国での死者は636人(2/7現在)、感染者数は3万人以上。
陰謀説が大好きな人たちのあいだでは、実際の感染者数は10万人に達しているのではないかとも言われております。
最初の説明では、野生動物を取引する武漢の食肉市場での異種間感染からということでした。
しかし今都市伝説のように噂されているのは、武漢に実在するレベル4の細菌研究施設から流出したのではないかということ。
こんな話を聞いて『バイオハザード』とミラ・ジョヴォヴィッチを連想する人は平成世代。
しかし我々昭和生まれが思い出すのはむしろ小松左京の『復活の日』でしょう。イースターのことではありません。

小学生の夏休み直前、なんだかゴチャゴチャ書いてあるカバーイラストが気になって借りた本なので記憶が曖昧ですが、
たしか研究所から細菌兵器が盗まれたあげく飛行機が墜落して流出、瞬く間に世界中に広がり、人類ほぼ滅亡という筋書きでした。
しかし細菌が低温に弱いため、南極基地の隊員だけが助かります。まあみんな死んだら小説として困るのでそれは許すとして、
発射された中性子爆弾によって、人間だけでなく細菌も死んでしまうというご都合主義は、子供心にも強引すぎました
現実はそんなにうまくいかないよ。おとなはいつもこうやってうまく丸め込むんだ。
そんな尾崎豊ばりの内容を夏休みの読書感想文に書いたら、先生のコメントは「ちゃんと課題図書から選びましょう。書き直し」。
なんだ、「自由感想文」って課題図書から選ぶのね。それで課題図書のひとつ、『ポールの北極星』を借り直してきました。

一応、南極と北極つながりということで。こっちのカバー絵もなんだかゴチャゴチャしています。どれがポールなんだ。
とはいえ内容は一切覚えていません。書き直す屈辱があまりにも鮮烈だったので、タイトルだけは覚えているのですが。
あの頃に『聖書』と出会っていれば、その後の人生もまた違っていたのでしょうね。
ブログ読者のみなさんも、どうぞ選ぶ本にはお気をつけください。それと、手洗いとうがいを大切に。
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聖書箇所 『ルカの福音書』11章14-28節



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posted by 近 at 20:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.1.26「厚かましく、神を求めよ」(ルカ11:5-13)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今週はずいぶん早く更新できました。
本当は日曜日のうちに更新したいのですが、妻が説教録画のSDカードを勝手にカメラから抜いてしまうのでいつも遅くなってしまうのです。
ちなみに週報も、最終的な原稿は妻が出席人数などを記入して完成するので、やはり妻からデータをもらわないとアップロードできません。
もうすぐ、ブログのタイトルも「豊栄の風」から「オ○ヨメ日記」に変わるかもしれません。
でも、結構いいところもあるんですよ。
たとえば、・・・・・?・・・・・?出てこない。あわわ。あえて言えば、ぶれないところとか。
ちなみに、今回の説教の終盤で取り上げている、70年代生まれには懐かしい「ゲイラカイト」はこちら。
 まだ売っていたんですね。豊栄の田んぼにいくと、似たようなのがよく吊されていますが。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』11章5-13節



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posted by 近 at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.1.19「祈らずにはいられない」(ルカ11:1-4)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今回の説教の冒頭で、「礼拝で司会者が祈っているときには会堂に入らない」という牧会的指導の話をしています。
教会員の訓練という意味では、こういう例はたくさんあるんですが、「失敗」しないと学ばない、ということがよくあります。
失敗、というのかわかりませんが、大学生の頃、KGK(キリスト者学生会)の集会で司会をさせていただいたことがありました。
私の母教会では、礼拝の中に報告の時間がありました。(頌栄・祝祷の直前)
だからその感覚で、たくさん予定されている報告内容を、司会者である私が伝えたのですが、
報告の途中で、主事が講壇に近づいてきて、そっと「近さん、礼拝の中だからそれくらいにしておいて」と言われました。
私の教会では普通のことであっても、他の教会ではそうでないこともたくさんあります。
経験しなければわからないことはたくさんありますが、これは信仰生活だけでなく、仕事の世界もそうですね。
いまは失敗に不寛容な時代だと思います。ただ、自分目線だけで決めつけることがないように注意して歩んでいきたいものです。
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聖書箇所 『ルカの福音書』11章1-4節



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posted by 近 at 22:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.1.12「マリヤのように、マルタのように」(ルカ10:38-42)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
昨年の10月27日(誕生日だったからよくおぼえています)に、放送伝道の会議のために二日かけて県内3箇所を回ったのですが、
あまりにも疲れたので天然温泉がある小さなビジネスホテルに泊まり、有料のマッサージ椅子を利用しました。
それが強すぎたのか、長すぎたのか、帰ってきたら背中を痛めてしまい、それから一ヶ月ほど、毎日いたたたた。
ようやく一息ついて、水曜祈祷会で「よくなったよ!」と同じグループの方に証ししたら、その晩椅子に座っていたらパキッと音がしました。
椅子が壊れたのかと思ったら、自分の腰骨だったらしい。今度は慢性腰痛(ぎっくり腰)。背中の痛みを忘れるほどです。
また一ヶ月くらいして良くなったかなと思ったら、また背中が痛くなりました。何でしょう、この永久機関のようなシステムは。
ただ、内臓の疾患による内側の痛みを、脳が骨や筋肉の痛みと解釈してしまうことがあるそうです。
ある男性は二年間腰痛をほっといたら、悪性腫瘍が広がっていたという、こわい症例がネットにありました。
とはいえ今は明日が〆切の牧会方針原稿と、礼拝説教原稿と、午後の老人ホームのメッセージ原稿ができていないことのほうがこわいです。
今年もなんとか乗り切っていきたい。ブログも応援してください。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』10章38-42節



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posted by 近 at 22:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.1.5「“だれが”よりも大切なこと」(ルカ10:25-37)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
多くの教会では、新しい年度に入ると、その年の標語聖句というのを決めるようです。
私たちの教会でも、1972年の開拓以来、毎年標語聖句があって、私も着任当初からそれを踏襲してきたんですが、
ふと最近思ったのは、「これって意味あるのかな?」ということでした。
教会目標や、牧会方針を掲げるのは必要だと思います。私も毎年A4の紙1〜2枚くらいにまとめて、総会のたびにそれを説明してきました。
でもそれが標語聖句にリンクしているかどうかは・・・・不明です。
人間が考えた目標にみことばを利用しているんじゃないかという恐れもあります。
以前は、正月三が日に少し時間をとって、教会の課題などを黙想しているなかで、これは、というみことばを選んでいました。
しかしどんなに現状にフィットしたみことばが与えられても、それを教会員と共有することができなかったら、画餅にすぎません。
とはいいつつも、やはり今年も標語聖句を探しています。みことばを恐れることは忘れないでいきたいと思います。
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聖書箇所 『ルカの福音書』10章25-37節



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posted by 近 at 21:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2019.12.29「王は二人もいらない」(マタイ2:1-12)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
正月からちょっと切羽詰まっています。たぶん今年も一年中、こんなだろうね。
先週の主日の夕方、一ヶ月ほど教会に通ってくださっていた方が訪問してくださいました。
また県外に引っ越すことになったということで、少し残念な気もします。
大学はミッション系だったそうですが、卒業後はずっと教会から足が遠のいていたそうです。
同盟(福音派)もあまり良いイメージはなかったそうですが、この教会に来て居心地がよかった、とのこと。
新しく引っ越されるところでも、近所に同盟の教会があるのを見つけたのでそこに通いたい、ということでした。
うれしいですね。もっとも今は、同盟よりも伝統派の先生のほうがよっぽど十字架を語っておられるようですが。
おっと、また口がすべったわ。忘れて理事長。忘れた。よし。週報はこちらです。

聖書箇所 『マタイの福音書』2章1-12節



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posted by 近 at 00:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ

2019.12.22「あなたのために神が捨てたもの」(ルカ2:1-12、ピリピ2:6-8)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
あと3日で2019年も終わりです。今年も年賀状は出さずじまいでした。
そしてクリスマスカードも出すのを忘れていました。送ってくださった教会や個人の方に感謝です。
長野県のKさんから、受洗の報告をいただきました。ご無沙汰しております。これからの信仰生活が祝福されますように。
2020年はどんな年になるのでしょうか。
今年辛いことばかりだった方々にとって、振り返って感謝に変わる年になりますようにと祈ります。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』2章1-12節、『ピリピ人への手紙』2章6-8節



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posted by 近 at 20:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ

2019.12.15「召し出され、分かち合う」(ルカ1:26-56)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
自宅でひきこもり状態だった長男を殺したとして殺人罪に問われていた元農水次官に、懲役6年の実刑がつきました。
元農水次官の年齢は76歳。私の父と同じ、昭和18年に生まれになるのではないかと思います。
殺された長男の年齢は私より四つ下(妻と同じ年齢)ですが、以前彼が母親に暴力を振るうほど激昂したのが、
エルガイムのフィギュアを勝手に捨てられたことだと、事件当時に報道されていました。
エルガイム、おぼえています。サンライズ系アニメの中ではマニアックな部類に入っていました。

 彼の父親が無実だと言うつもりはありません。せめて執行猶予はつけてあげるべきではないかと思いますが。
しかし「外部に相談しなかった」ということが量刑のポイントだとしたら、この判決は未経験者のひとりよがりでしょう。
経験から言うと、思春期からのひきこもりが25年間も続き、暴力を振るっている状態に対して、
有効に対応できる相談機関はほとんどありません。相談してもどうすることもできないというのが現実です。
警察を何度も呼べません。福祉事務所や地域包括センターも無力です。それは根拠法令が整備されていないからです。
現在の法律は、配偶者の暴力、そして未成年の家庭内暴力に対しては比較的手厚く対応してくれます。
しかしすでに成人になっているのに家庭内暴力を起こしている人に対しては、事件が起きるまではいたちごっこなのです。

 家庭内暴力の特徴は、外部の人間がいる場では普通に過ごしているということです。だから中途半端な援助者が入っても改善しません
同じような悩みを抱えている人が集まる自助グループは、地方都市では困難が伴います。
東京ならいざ知らず、地縁血縁の強い地域では、家庭の恥をさらしては生きていけないのです。
もちろんその受け皿として、私たち宗教関係者も関わるべきだと思っています。
本当に「外部に相談しなかった」のでしょうか。
それとも「相談しようにもどこに相談して良いかわからなかった」のか。
あるいは「相談したけれども、結局は自分たちで何とかするしかなかった」のではなかったのか。
今回の事件を通して、一刻も早く、家庭内暴力を伴う成人の引きこもりに対する法整備が進みますように。
今も苦しんでいる人々がいるのですから。
 裁判員を務めた20代の女性会社員は「正直、すべてが明らかになったとは思わない」としつつ、「家族の問題は小さなことも含めて誰しも経験する」と述べ、今回のケースがひとごとではないと指摘。裁判を終えて「何かあったら家族に頼れる関係を大事にしながら過ごしたい」と語った。
 30代の女性会社員は、被告や妻の話に「同情したり共感したりしたことは少なからずあり、どこまで感情を入れていいか悩んだ」と振り返った。その上で「外部に相談しなかった」という事件の特徴を念頭に「世の中には同じような問題を抱えた家族がたくさんいる。家族内にとどめず、気軽に相談できる社会になってほしいし、なるべきだと思う」と投げかけた。
 別の裁判員は「被害者が亡くなっていて、被害者の意見がなかった」と判断の難しさに言及。「家庭も仕事もすべてうまくいくわけではない。息子に対して、もう少し、高いものを求めないことはできなかったか」と漏らした。

週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』1章26-56節



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posted by 近 at 00:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ