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2021.4.14新潟山形僚祷会(宣教区12教会をおぼえる祈祷会)の中継

祈祷会の前半部分のみオンライン中継します。
後半部分は、個人の名前を含む祈祷課題がありますので、プライバシーの都合上、中継はメッセージまでです。
教会員の方は、各自で祈祷概要を使って祈り、最後は主の祈りで終えてください。

放送時間 4/14(水)午後7:30〜8:30頃

賛  美  新聖歌48、248、448
代表祈祷  (司会者)
聖書朗読  『ヤコブの手紙』1章2-11節
メッセージ
献  金  新聖歌448
全体祈祷  (ここから中継はカット)
主の祈り
後  奏
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2021.4.11主日礼拝説教「世界一聞きたい説教」(ルカ24:13-27)


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1.
 今日の週報の表紙には、17世紀のオランダの画家ヤン・ワイルデンスが描いたものを印刷しました。
1487px-Jan_Wildens_Landscape_with_Christ_and_his_Disciples_on_the_Road_to_Emmaus.jpg
ほかにも多くの画家が「エマオへの道」と題した作品を残していますが、共通するのは、極めて人間を小さく描いているということです。
それは、まさにちっぽけな人間の、まさにそのちっぽけさの最たるものである不信仰、そこにイエスは寄り添ってくださるということなのでしょう。
13節にはこうあります。「ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから60スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた」。
60スタディオンは、現在の距離に直すと約11キロメートル。エルサレムからふたりで歩きながらちょうど二時間くらいでしょうか。
夕暮れが迫る中で、互いにああでもない、こうでもないと言い合いながらエマオへと向かうふたりの姿が目に浮かびます。

 彼らの目に映る空は、すでに夕日が傾きかけていました。それはまるでこのふたりの心を象徴しているかのようです。
彼らはその日の朝、墓で御使いに出会った女たちから、イエス様がよみがえられた、というすばらしい報告を受け取っていたのです。
しかし喜びに満たされるはずの報告なのに、一日が終わろうとしている今も、彼らの心には喜びがまったくありません。
イエス様がよみがえった?それが本当だったら、どんなにすばらしいだろう。だが死んだ者がよみがえるなどということがあるわけがない。
彼らもまた、あの真っ先に墓に向かった女性たちのはじめの姿と同じです。みことばが心の中にとどまっていませんでした。
彼らはイエスが十字架にかかられる何ヶ月も前、ガリラヤにいた頃からイエスが語っていた、復活の約束をまったくおぼえていません。
わたしはエルサレムで人々に引き渡され、十字架にかけられ、殺される。しかし必ずよみがえり、再びあなたがたの前に現れる。
みことばを忘れてしまっているからこそ、彼らの議論はいつまでも堂々巡り。不毛な話し合いになっていました。

 しかし感謝すべきは、たとえ私たち弟子がそうであっても、キリストは私たちを見捨てることはない、ということです。
みことば不在のまま、終わりのない議論を続けている二人に、イエス・キリストはにいつのまにか近づいて、一緒に歩いていてくださいました。
よみがえられたキリストは、よみがえりを信じることができない弟子を後ろから追いかけて、一緒に歩んでくださるお方なのです。
彼ら二人には、この不思議な旅人がイエスだとはわかりませんでした。しかしイエスのほうは、私たちのすべてを知っておられます。
その心のすべて、みことばを忘れてしまっているという不信仰さえ知りながら、イエス様は私たち弟子とともに一緒に歩んでくださいます。
それは私たちにもすばらしい励ましを与えます。弟子としてふさわしくないと思うような自分であっても、主は決して見放さないお方なのだ、と。

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2021.4.11主日礼拝 ライブ中継

放送時間 4/11()午前8:30〜15:00(集会開催時間以外は、待機画像が流れます
@第一礼拝8:30〜9:30 A第二礼拝10:30〜11:30 B第三礼拝14:00〜15:00 




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"The road to Emmaus", Jan Wildens(1586-1653)


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2021.4.4主日礼拝説教「みことばを取り戻した日」(ルカ24:1-12)


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1.
 名探偵・明智小五郎と少年探偵団。今の小学生にも読まれているのかわかりませんが、昭和生まれの人たちには懐かしい名前です。
彼らの生みの親である小説家・江戸川乱歩が、そのペンネームをアメリカの作家、エドガー・アラン・ポーにちなんでつけたのは有名な話です。
このエドガー・アラン・ポーの作品に「盗まれた手紙」という短い小説があります。舞台はポーの生きた時代と同じ、19世紀のフランスです。
ある日、国の政治を左右するほどの重要な、ひとつの手紙が盗まれてしまいました。
犯人はひとりの大臣、隠し場所は彼の執務室であるということもわかっています。ところが警察がその部屋をどんなに捜索しても見つかりません。
それこそ壁紙の裏を剥がし、机の引き出しが二重になっていないか、何ヶ月も、何十人の警官を動員して徹底的に捜索しました。
しかしまるで見つからない。困った警察が、名探偵デュパンに助けを求めてきます。さあ、消えてしまった手紙はどこにあるのでしょうか。

 この小説は約200年前に書かれたものですが、この二千年間、消えてしまったイエスの遺体の謎は人類史上最大のミステリーでした。
十字架にかけられたイエスの亡骸は、ゴルゴタの丘のすぐそばにある、洞窟を掘り抜いて作られた新しい墓に収められました。
ガリラヤから付き従ってきた女たちは、その墓の場所を確かに心に刻みつけて、安息日が空けた日曜日の朝に、墓にやってきたのです。
しかし墓のふたは開いており、中にはイエスの遺体はありませんでした。遺体が横たわっていた場所には、遺体を包んでいた亜麻布がありました。
その亜麻布は、よみがえったイエスがぺりぺりと剥がしたような形では置かれていなかった、と別の福音書では記されています。
まるで中身の遺体が一瞬で蒸発してしまったので、くるんでいた亜麻布がそのままぺしゃ、となったように、人の形を残して巻かれていた、と。
 この二千年間、イエスがよみがえったという、この最大のミステリーを信じたくない人々が、じつにさまざまな説明を考えだしてきました。
たとえば、ある人はこう言いました。「女たちは、となりの墓と間違えたのだ」。(だとしたら、亜麻布はどのように説明すべきでしょうか?)
別の人は、「イエスはじつは死んでいなかったので、自分で墓から出てきた」。(墓のふたは堅く閉じられ、番兵が見張りに付いていた)
また当時のユダヤ人たちは、弟子たちが墓からイエスの遺体を盗んだのだ、という噂を流しました。(見張りと封印をかいくぐることは不可能)

 Amazon商品紹介ページより引用(1059円)
江戸川乱歩が編んだ世紀の必読アンソロジーが全面リニューアル!
欧米では、世界の短編推理小説の傑作集を編纂する試みが、しばしば行われている。本書はそれらの傑作集の中から、編者江戸川乱歩の愛読する珠玉の名作を厳選して全5巻に収録し、併せて19世紀半ばから1950年代に至るまでの短編推理小説の歴史的展望を読者に提供する。第一巻は巻頭に編者の「序」を配し、推理小説の祖といわれるポオ「盗まれた手紙」に始まり、コリンズ「人を呪わば」、ドイル「赤毛組合」、フットレル「十三号独房の問題」など8編を収録し、最初期の半世紀を俯瞰する。新解説=「短編推理小説の流れ1」(戸川安宣)

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2021.3.28主日礼拝説教「きょう、始まるパラダイス」(ルカ23:38-49)


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1.
 今からおよそ140年ほど前、日本では明治時代の中頃にあたりますが、アメリカのある監獄で、ひとりの死刑囚が号泣していました。
看守が驚いて理由(わけ)を訪ねると、囚人はその朝配達されたばかりの新聞の号外を指さしながら、大声をあげて泣き続けました。
そこにはこう書いてありました。「グローバー・クリーブランド、第24代合衆国大統領に選出される!」そして死刑囚は看守に話し始めました。
「このクリーブランドは、若い頃、俺としょっちゅうつるんでいたチンピラだったんだ。だがあいつがある日、教会の前で立ち止まった。
「どうした」と聞いたら、「賛美歌が聞こえてきた。おれは今日この教会に入ってみたい」。「おいおい、今更おまえが教会とかいうくちかよ」。
やがて俺たちはけんかをはじめ、それっきりになった。だがそれから30年の間、おれは何度も罪を犯して死刑囚、あいつは大統領だ。
あの日、おれも教会に行っていたら人生が変わっていたんだろうか」。

 このクリーブランド大統領に関するエピソードが実話かどうか、定かではありません。
ただ、このエピソードは、私たちにこの二人の犯罪人の姿を思い起こさせるものであることは確かです。
この犯罪人は、別の福音書では「強盗」と書かれています。
もともとイエス・キリストがかけられる十字架はバラバがつくはずであったことを考えると、この二人はそのバラバの仲間であったのかもしれません。
だとしたら、彼らは両方とも、バラバと同じように殺人にも手を染めた、まさに十字架にかけられても不思議ではない者たちだったのでしょう。
彼らはイエス・キリストを真ん中に挟むように、一人は右に、もう一人は左に十字架にかけられました。右と左という違いはあります。
しかし彼らはクリーブランドとこの死刑囚のように、同じところに立っています。ともに十字架にかけられるほど重い罪を犯した者たちでした。
そして、右からも左からも、イエス・キリストの頭上に掲げられている文字も同じように読むことができました。「これはユダヤ人の王」と。

 この二人の強盗の出発点は、同じでした。事実、別の福音書では、最初ふたりは一緒になってイエスを嘲っていたとさえ書いてあります。
しかし教会の前でクリーブランドと友人の人生が分かれていったように、イエスの前でこの二人の強盗の道も見事に分かれていきました。
片方の強盗は、「あなたはキリストではないか」と言いながらも、神への恐れもなく、十字架にかけられている自分の罪を見つめようとしません。
しかしもう一方の強盗はキリストを罪を犯したことのない方として恐れ、そして十字架に至った自分の罪を自覚していました。
そのふたりの行き先を変えていった力は、彼ら自身ではありません。ひとりはキリストを嘲り続け、ひとりはキリストを王として受け入れた。
それはただ神の恵みとしか言いようがありません。しかし神の恵みを求める者、そして神の恵みを受け入れる者は生きるのです。
キリストは、自分の罪を自覚していた強盗に対してこう言われました。「あなたは、今日、わたしとともにパラダイスにいます」と。

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2021.3.21主日礼拝説教「誰もイエスを見ていない」(ルカ23:27-38)


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1.
 27節をご覧ください。「民衆や、イエスのことを嘆き悲しむ女たちが大きな一群をなして、イエスの後について行った」。
苦しそうに息を吐きながら、むちでえぐられた体中の傷口から血を流し、ゴルゴタの丘へ向かって行くイエス・キリスト。
そしてこのむごい仕打ちに怒りと悲しみをたたえながら、心配そうにイエスの後をついていく善良な人々を、私たちはここから想像するでしょう。
しかしつまずかせることになりますが、事実はまったくの逆だったのです。彼ら、彼女らは、イエスを慕ってついていった人々ではありません。
確かにイエスを愛し、見捨てず、十字架を遠くから追いかけ、見つめていた、マグダラのマリヤのような女性たちも別の所にいました。
しかし彼女らは「ガリラヤから付き従っていた女たち」です。それに対してこの女たちは「エルサレムの娘たち」と呼ばれています。

 この女性たちは、聖書の中にたびたび出て来る、「泣き女」でした。「泣き女」とは、葬式のときに雇われて号泣する女性のことです。
彼女たちは葬儀のときに、遺族の代わりに故人を悼み、大声をあげ、時には独特の節をつけて、一斉に泣きじゃくります。
これは昔のユダヤだけではなく、世界中に共通する習慣だそうです。雇われて泣くこともあれば、近所の人がわずかのお礼で行うこともありました。
日本では「五合泣き」とか「一升泣き」という言葉も生まれました。一升泣きは本気で泣く場合、五合泣きは半分手を抜いて泣きます。
ここでイエスの後ろについていった民衆も、女性たちも、イエスを慕って泣き悲しんでいた人々ではありませんでした。
野次馬根性でついていった民衆たち。偽の救い主イエスへの葬儀の歌として叫び、あざける女性たち。ここには悲しみではなく悪意がありました。

 私は今回の説教を準備するなかで、この女たちが泣き女だったという解釈に最初、つまずきを感じずにはいられませんでした。
その時の私と同じように、いや、そうではないだろう、この人々はイエスを悲しみ、ついていった人々ではないのかと考える人もいるかもしれません。
しかしもしそうだとしたら、イエスは誰からも尊ばれずに死んでいった、という聖書のメッセージを忘れてしまっているのではないでしょうか。
イエスの十字架を700年前に預言した、預言者イザヤはこう語っています。「虐げとさばきによって、彼は取り去られた。
彼の時代の者で、だれが思ったことか。彼が私の民の背きのゆえに打たれ、生ける者の地から絶たれたのだと
」。(イザヤ53:8)

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2021.3.14主日礼拝説教「強いられた恵み」(ルカ23:26)


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1.
 イスラエルにあるエルサレムの町には、聖書にちなんだ観光名所がたくさんありますが、ヴィア・ドロローサというのもその一つです。
「悲しみの道」という意味のラテン語ですが、イエス・キリストが十字架を背負いながら死刑場にまで歩いて行ったルートをこう呼んでいます。
ローマ兵の詰め所があったアントニオ要塞の跡地から始まり、ゴルゴタの丘があったと言われる場所へ向かうその道の長さは、約500メートル。
ある観光客が、意外と短いね、と言ったら、ガイドさんが、では次来られる時には、十字架を用意しておきましょうか、と言ったそうです。
自分が磔にされる十字架を背負いながら死刑場まで歩んでいく500メートルの道。
それはどんな猛者でも音を上げてしまう苦しさであり、これ自体が十字架刑の一部でありました。
クレネ人シモンが十字架を背負わされたのは、おそらくそれまで十字架を背負ってきたイエス様の力が尽きてしまったことがあったのでしょう。
それは、ゲツセマネでの祈りの格闘、不法な裁判、むち打たれ、十字架を背負わされる、という体力・気力の限界ということだけではありません。
イエス様の十字架は、同じように十字架刑に定められた他の死刑囚たちとは明らかに意味が異なっていました。
それは、決して罪を犯すことのないお方が、すべての人の罪を背負い、人からは拒絶され、神からは見捨てられるという、のろいそのものでした。
体力・気力が限界に達していたというよりは、イエスが背負われた十字架には、どんな屈強な者さえも押しつぶしてしまうものでした。
イエスが背負われていたものの、とてつもない大きさと重さを、私たちは決して理解することができないでしょう。
それはただ、信仰によってのみ受け止めることができるものです。シモンが背負った十字架は、イエスの背負った苦しみのごくわずか一部でした。
しかしそれでもなお、この経験を通してシモンの人生は変わりました。このシモンに起きたのと同じことが、私たちのうえにも起こります。
この説教が終わるとき、私たちの中に、十字架を背負って生きることがまさに恵みなのだということをおぼえることができるように、と願います。

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2021.3.7主日礼拝説教「ペテロとピラト」(ルカ23:13-25)


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1.
 先日、7万円の接待を受けていた国家公務員が、激しい批判を受けた結果、辞職するという出来事がありました。
当初、7万円の接待の罪滅ぼしでしょうか、70万円を自主返上するという話だったのですが、それでは世間が納得しなかったようです。
霞ヶ関の中では、小さな風向きを見極めながら築いてきた地位と特権かもしれません、しかし外から吹いてきた大きな風を見誤りました。
それは先週、今週と聖書を通してその生き様を見つめてきたポンテオ・ピラトについても言えることです。
まず、聖書から離れ、実際のローマの歴史書、公文書に記録されていることからわかるピラトという人物をお話しします。
ポンテオ・ピラトは、生まれた年や場所はわかりませんが、家柄だけははっきりしています。ポンテオは、ローマの騎士階級、ポンティウス家。
騎士階級というのは当時のローマ帝国で勢力を強めていた人々で、ちょうど日本では平安貴族から生まれた源氏や平家のようなものです。
ピラトは西暦26年、第五代ユダヤ総督として就任し、西暦36年後に失脚して任を解かれるまでの約10年間、総督の地位にありました。
ピラトがユダヤの総督になれたのは、同じ騎士階級の出世頭であり、当時ローマ皇帝に次ぐ地位にあったセイヤヌスという人物の後ろ盾でした。そしてこのセイヤヌスは、あのアドルフ・ヒトラーのようにユダヤ人を憎んでいた人物でした。
だから彼の後ろ盾で総督になれたピラトも、セイヤヌスを満足させるために、ユダヤ人に対する高圧的な政策を行い続けました。
例えばこのルカの13章には、ピラトがガリラヤ地方の人びとを虐殺し、その血をいけにえの血に混ぜたという記録が残されています。
その他にもローマ皇帝の肖像がついた旗を神殿に持ち込んだり、水道の整備を建前に神殿からお金を奪うといったこともあったようです。

 しかしピラトが赴任して5年目にあたる西暦31年、後ろ盾であるセイヤヌスが皇帝への反乱容疑をかけられて処刑されました。
それまでセイヤヌスをバックに、ユダヤ人に対して高圧的な態度をとってきたピラトは、いまや自分の総督の地位も危うい所へ追い込まれます。
そのような状況のなかで持ち込まれたのが、このイエス・キリストの裁判であったと考えられます。
祭司長、律法学者、さらには民衆を敵に回してまでイエスを無罪とするならば、エルサレム中を巻き込んだ反乱が起こることも予想されました。
かといってもし無罪の人を十字架刑にかけてしまえば、それがローマ本国に知られたとき、彼の失脚を願う人々に材料を与えることにもなります。
このように歴史の記録も並べながら聖書を読むと、ユダヤ人に高圧的だったピラトがなぜこの裁判は控えめだったのかが見えてきます。
そしてそれは、まさに人の知恵や計画を越えて、神さまがこの十字架という出来事もしかるべき時に行われたことがはっきりとわかるのです。

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2021.2.28主日礼拝説教「逃げ回って二千年」(ルカ23:1-12)


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1.
 毎週、礼拝で使徒信条を唱えるとき、「教会が二千年間守り続けてきた、使徒信条を全員で唱和しましょう」と司会者がリードします。
初代教会の時代から、今日の時代に至るまで、クリスチャンは、毎週礼拝でこの使徒信条を告白し続けてきました。
ただ不思議なのは、「使徒信条」という名前の割りには、そこに出てくる名前は使徒ではなく、ポンテオ・ピラトであるということです。
私たちは先ほどこう告白しました。「主は、聖霊によってやどり、おとめマリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」と。
主イエスに苦しみをなめさせた者、という意味では、ピラトよりもイスカリオテのユダのほうがよっぽどふさわしいようにも思えます。

 なぜ使徒信条はこのポンテオ・ピラトの名前を入れて、それが代々の教会の礼拝の中で告白されてきたのでしょうか。
ある学者はその理由を、十字架が歴史的事実であることを証言するためだと説明します。
キリストの十字架は作り話ではない、ローマ総督ポンテオ・ピラトの時に起こった証拠として、使徒信条にピラトの名が刻まれたというのです。
しかしそれならば、総督のような中間管理職ではなく、ローマ皇帝ティベリウスのもとに、といった表現のほうがふさわしいようにも思います。
あるいは大祭司カヤパでも、国主ヘロデ・アンティパスでも、イスカリオテ・ユダでもよい、しかしなぜポンテオ・ピラトなのでしょうか。
私はこう考えています。それは、このピラトこそ、イエスを十字架につけた、私たちすべての人間を表しているからなのではないか、と。
彼の弱さは、私たちひとり一人が抱えている弱さです。そして今日の説教の目的は、私たちがその弱さに目を向けることにあります。

 今日の箇所を見る限り、ピラトは決して、二千年間も毎週クリスチャンに告発されなければならないような極悪人には見えません。
むしろ彼が、イエスに対して最初に下した評価は、「この人には訴える理由が何も見つからない」でした。
ユダヤ人たちがイエスに対して作り上げた罪状の嘘くささを、彼は見抜いていました。彼はイエスが罪のない人だとわかっていました。
ピラトは、決して無能な男ではありませんでした。むしろ有能な役人であり、イエスが無実であることを確かに感じ取っていたのです。
しかし同時に、ユダヤ人たちがここまでなりふり構わず訴えてきたからには、対処を誤れば自分の立場が危うくなることも感じ取っていました。
彼は、一人で責任を負いたくなかった。だから「ガリラヤ」という言葉を聞いたとき、ガリラヤの領主であるヘロデを引き込もうとひらめきました。
ヘロデがこのイエスを調べて無罪にしようが、有罪にしようが、少なくとも自分がすべての責任を負うことは避けられる、と。

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2021.2.21主日礼拝説教「ここに私がいる」(ルカ22:63-71)


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1.
 国民的マンガである『ドラえもん』の中に、ひょんなことからのび太くんが過去の戦争に参加することになってしまうお話しがあります。
そのとき、のび太くんがドラえもんにこう質問します。「どっちの味方をすればいいの?正しい方を助けなくちゃ。
するとドラえもんがこう答えるのです。「どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。
大人になって、この言葉がいつも心にのしかかります。私たちが争ってしまうとき、いつも自分の正しさを疑わない、ということを。
戦争だけではありません。人が二人以上集まれば、夫婦関係、親子関係、家族関係、社会関係が生まれます。
そしてそこで争いが起きるとき、だれもが自分の正しさを疑わず、自分の方が間違っているかもしれない、ということを認めません。
すぐに「私が悪かった、ごめんなさい」と言えたらよいのですが、それを認めたくないから、尾ひれをつけてでも、自分の支持者を集めます。
向こうも同じことをしますから、争いがひたすら長引いていきます。そして私たちは、この不毛な渦の中に簡単に巻き込まれてしまうのです。

 ルカは、他の福音書記者と異なり、裁判の前に、イエス・キリストが人々から嘲りや攻撃を受けた姿をまっさきに記しています。
それは、自分が正しい側にいるのだから、罪人には何をしてもかまわないと考えて、正義の暴走に身を任せてしまう人々の姿です。
こんな連中が正義なのか、と思われる方もおられるでしょう。しかし彼らは自分たちが正義だと信じています。だから暴力を振るえるのです。
それは、私たちとは関係ない、野蛮な古代人の姿ではありません。
現代の、信仰者の中にも、世の人々の中にもある、私は正しい側にいる、と必ず考えてしまう、あらゆる人々の姿です。
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コピーライトマーク藤子プロ・小学館

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